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2025/03/19

私が生きるための箱

 


頭の中にこの体に残して置きたくないイヤでたまらない感情をどうにかしたいと思った時、そこに箱があった。


とりあえず。
とりあえず、別の場所に残しておくための。


イヤでたまらないものも自分の一部だと思うと、やっぱりそれが何かしらの暗いところを好む蟲でも、時々は彼らの暗闇へノックを忘れないようにしたい、彼らからの響き渡る声を聞きたいときがあって、とりあえず残して置こうっていうことになった。






私には箱がある。感情をしまっておく箱。しまって封印してその気持ちを終わりにするために。だれも知らない。私だけのもの。誰かに知ってほしいし、だれにも知られず私だけのものでいてほしい。わたしだけの領域。




みんないっしょに手をつないで生きていこうなんて、身体を忘れただけのエネルギーの約束みたいで、そうならなんで人間が誕生したのかわからなくなる。別の生物でもいいではないか。



それはいいとして。



でも実際感情の色なんてのはなかった。ただそこにあるということを承認するひとがいなければだれにもみえなかった。わたしも、想い起こさない限り。



誰かがこの箱からあたしを出してくれるのを待っている。ここから、出ることができれば、わたしはわたしをやっていけるだろうって、あたしをやめられるだろうって、そう思うから。





それは朝で、彼がごみをだすときに、ゴミ袋のしたにあった箱を見つけた。私にだけにしか見えないのになんで?

あれはごくごく小さな箱にしてしまったもので、私だけの過去、私だけの気持ち。私という一人称の世界のための空間。誰かの目なんかで見つけることはできないと思っていた。あちらこちらにおいていた私の箱。私の世界をだれにもみえないまま広げていったのに、それが今ひとたび見つかって、どんどん私は小さくなっていく。みんなと地球上の人々と一つになってしまう。


アブラカタブラ、とじ込めていた感情たちが外に出ようとしている、気持ちは出たいといっている、わたしのところにいてよ!


キッチンの扉がバタンバタンして、階段の手すりからはヒューヒューと声が鳴る、箱の中の私が私を揺らし始める。

感情の一つ一つが、私を通して色を放ち始める、花火みたいに、シューシュー。それは天井を突き抜け、朝の光が安らかに包む一面へ向かって目指して行く。空の果てにタッチした箱の私は、今度は一気に地上へと振りはじめる。



帰りたいよぉ、ここにいたくない、もういやだ、帰りたい。って叫ぶ。
強く抱きしめてくる男がいた。
僕のためにいてと。
忘れていたあなたのことなんか!
あなたのためにここにいたって、私は変らない、私の人生は変らない。
あなたがいようといなくても関係ない。
好きだっていうのは、その感情はほんとうじゃないの?
好きだけどわからない、わからない
帰りたい、もうわからないもん
帰ったら、ここよりも幸せなの?きみは?
あの箱の色は僕も知っている。
君とまったく同じじゃないけど、知っている。
だから、小さくなって箱の中にいた君を僕は見つけたんだ。




もうこれは泣くしかありませんでした、だって、きっと愛の始まりがやってきていて、そしたら、私は箱のことなんてきっと忘れてしまうに違いないから。












物語はこれでおしまい。









箱の話をしたとき、私は、箱じゃないけど、自分にしかわからない私の世界の経験は、圧縮してしまっておくの、といった友人がいる。過去を浄化、解放してどうのこうのっていう浮世の中で、彼女の言葉が気に入った。それはとっても強くて、人生を理解する意志が込められていたから。