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2025/04/29

時の遠吠えを聞きながら。

 



深い癒しが必要な心の痛みや傷は、その人自身で対峙してどうするか決めるしかない。
決めるまでのプロセスは、誰かに助けてもらうかもしれないし、時間に動かされたタイミングが起こしてくるかもしれない。けれど、最後は自分が鍵と可能性になって新たなサイクルをつくりだしていく動源になる。

「そういえば、あれもこれも私がつくりだしたのだった」と、幻想の享楽世界を迎い入れながら、「真実はおそらくそうなのだろう」と自我の悲しみをうっすらと感じながら、内なる生命が響かせる音を頼りに、未だみぬ軌道を進んでいく。








2025/04/23

踊る踊る神整番のsukekiyoライブ

 


先日sukekiyoライブに参戦した。開放の儀なので「動いてもいい。」というわけで、柵前に位置して踊りまくろう!が叶った日だった。整番がわたし的に初の神的番号で、だからと言って前には行けない、こわいこわい、行かない、行きたくないから、1柵目に最初いたのだけれど、スピーカー近い感じだったし、みんな動くから今日は押しが強いはず、それは今日は嫌だっていうことで、思いっきり後ろの柵に変えて始まるのを待っていた。


自分の周りに位置する人々って、自分とやっぱりどこか似ている思いで参戦したい人がほとんどになる。自分のペースで楽しみたい人々。今回もそうだったから、治安よし、動きもよし、思いっきり楽しめて最高だった!!荷物も柵にくくり付けて手ぶらで身体軽くできたから、ほんと最高に自由に動けて楽しかった!小さな空間めがけて入ってくる人もいなくてありがたかった。


神的整番に心うかれて、最初の柵でもいけるでしょーなんてエゴが悠々していたけれど、自分の出来上がっていたイメージは、2柵目だったから、変えてよかった。そこで頑張る楽しさは持ち合わせていない自分。どの場所でも、自分が快適なことに一番の価値を置いている。一緒に行った妹は、2列目ですごい押しも色々あってもそれがライブと楽しんでいたけれど、人それぞれしたいことが叶ってよかった。今回も耳栓しっかり付けていたけれど、音がいい感じの音量で、よく聞こえてそれも良かった。


なんか「よかった」報告の記録になってしまったけれど、ライブって、熱狂とエゴと多種多様な人間の生のエネルギーが作り出す空間だから、良かったことが多かったライブにしたいっていう気持ちが強い。どうでもいいことに気持ちを向けたくない、ただ、生の音の中で、音楽をただただ楽しみたいっていつも感じている。


















2025/04/13

生命が愛へ還る道

 


ここに今存在している、

名前のつけられた自分という生命。


その生命を愛することができる、

この幸せをいつも感じる。



何が好きで

どんな場所にいると楽しいと感じて。


何が嫌で何が苦痛で

何をしていると窮屈に感じるか。



たくさん経験して


ああそうか


やっぱり好きなんだね。


やっぱり嫌いなんだね。






そうやって


身体を持って


体感しながら


確認しながら


体験しながら



もっとこの生命が輝くように。


気持ちよくのびのびと

その生命を使えるように。



感覚を思考を身体を使う。





その間には待つ時間があったり、

暗闇の時間もあったりするけれど。




最終的には

たどり着くところにたどり着く。




全ては安心の中で起きている。

自我のエゴではわからない領域。

それでいい。

そうだから、生命は愛を求める。

そうだから、生命は愛に帰還できる。