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2010/12/15

冬のハワイ

 

太陽アレルギーのわたしが南国に行くには勇気がいるんだけど、やっぱりタイミングってすごくて、ハワイに行ったその期間は、珍しく曇ってすごしやすい滞在となった。


太陽が苦手だから南国太陽がサンサンと輝く場所は旅の行き先として候補が全く浮かぶことがなかったのだけれど、この年、「ハワイ、ハワイ島」の言葉がずっと響いていて行くことにした。





曇っているからこんな暗いハワイだけれど、わたしには日差しにストレスを感じることのなく眺められる素晴らしい時間だった。



2日目はハワイ島へ





大地からのエネルギーが出ているところを見ると「地球って生きてるんだ」ってしみじみ思える。毎日自分の欲求、要求を満たすことに心身を注ぐような生活だから、それがまた人間の「生きている!」っていう感覚にもなっているんだけれど、それができること、そもそも自分がここにこんなふうに色々と考えたり思ったり感じたりできることは、地球という場所があるから。地球は全てを与えてくれる。




噴火の記憶。



帰国への飛行機を待つ間に買ったスノーボール。




ホテルはクリスマスの装飾。
こんなに暖かいのにクリスマスだなんて初めての感覚で面白かった。
















祝福を感じている。






天と大地と人間の物語。
どこまで続くのだろう。













2010/12/01

月にお願い

 



高校2年生のとき、同じクラスの男の子を好きになった。ふたり。
ふたりはそれぞれまったく別の魅力があって、どちらともずっと近くにいてほしかったから、見ていたかったから、しぐさとか話声とか、気持ちとか。

そして付き合うことにした。とっても大好きだったので。しょうがないこの気持ちと思いつつもその気持ちに、悠々と傲慢にもなれず、心は悪い気持ち自分が悪い気持ちでいっぱいになったある夜、わたしは二階の自分の部屋から見えた大きな満月の美しい光に訴えた。


「好きな人がふたりいるんです、どっちも選べません、どっちも好きなんです」
「ごめんなさい」


こうも思いました。「ふたりも、好きだって思える人と出会えて私は幸せです」
「ありがとうございます」


どちらか選ぶために月に誓って願おうと思ったけれど、そのときの気持ちを変えることはできませんでした。


最後はふたりとも離れていって。


「あんた、結局は自分の気持ちが好きだったんでしょ」って友達が言った。「だって自分の気持ちが一番じゃない、それなくしたらどうすんの、せっかくの自分の気持ち無視するの?もう二度とないのに?そのときの気持ち」とわたし。


「えっ、だって相手に悪いじゃないよー、傷つけていいの?」

「だって、自分のこと無視するほうがもっと傷つくもん」

「だから、あんたは自分のことだけ、なの!」って、怒って友達も離れていったけど。


「だって結婚じゃないんだから、だれにも誓ってないんだからいいんだよ」って誰もいなくなるまで訴えたわたし。


だって、好きになれる人に会うって特別な瞬間で、その自分が好きな人と両思いなのは、もっと特別なことだと思うから、わたしはやっぱりそれはいいことだとおもった。











2010/05/12

表参道の交差点

 



久しぶりに朝の時間がとれたから、次の予定11時までの間、早めにうちを出て、表参道へ向かった。


朝から気持ちのよいお天気だったから、とっても食欲があって、それなら焼きたての美味しいパンでも食べようかなって座ったのは、アンデルセンの地下一階のカフェ。


バターたっぷりのデニッシュとカフェラテの朝。
マクロビ実践していたから、このメニューは豪華で愛すべきオーダー。ボロボロとプレートニデニッシュのかけらを落としながら、食べていた。


ほんの30分だったけれど、満足して階段を上がると外は雨。向かう場所は原宿だったからまあ、カサ買わなくてもいいかな、またカサがふえるのもイヤだし、っていうことで、降りしきってはないと決めてカサなしのまま、交差点で信号待ちをしていた。


カサなし組もぱらぱらいてまあいっか、なんて思っていると、込み合っている信号待ち集団の中に女の人が入ってきた。なんかわたしのパーソナルエリアに近づいてくる、なんだろう、ちかいなあ、この人、ってちょっと不愉快に感じはじめていたら、「あなた、はいこれ」ってカサを渡されて。「あなた必要でしょ」「えっ、あ」「わたし近いから」ってそのまま犬連れて渋谷方面246をとーって行った。「あっ ありがとうございます!」


カサなしグループは私のほかにもいた中で、カサを与えられたわたし。強くカサを欲していたワケじゃない。ただ私はカサがなくて、少し困っていた。


いいえ、ほんとは雨はすごく降りしきっていたのかもしれなくて、雨にぬれているわたしはあまりにもかわいそうな私だったかもしれなくて、どんな理由かなんてやっぱりちっともわからないけれど。


でも、そんなことわからないんだと思うの。どんなふうに私が見えたかなんて自分では見えませんもの。それに、きっと女の人、ほんとはあちらのかっこいい男の人に渡したかったんのになんであの子にあげたんだろう、ところで、あの子「ありがとう」っていったっけ?って二人ともわからないままにただ、そういうことが起きたかもしれない。


それはきっと、いやアマゾンで星5つの引き寄せの法則が働いたんじゃないの?って言う結論もあったりして、確かに読んでみたけれど、それがぴったりなこの日だったんだろうけど。



すべての出来事に、理由を求めると、きっと世界はつまらいものになってしまうんじゃないかって。だから、この日は、奇跡があったんだよーって、そう名づけたほうがリアリティがある。