薄いワイン色の川底には、マーブルチョコレート色した石がぎっしりと敷き詰められていて、きらきらしていた。
神社の鳥居の朱色した橋の向こう岸には、お人形のような顔立ちの女性がこっちに来るように私を呼んでいた。その呼びかけに、応じたほうがいいのかどうかまったく頭を使うことができない。自分は考えることがまったくできなかった。
橋を渡り始めたとき、後ろから声が聞こえた。もう亡き人となっているお世話になった上司と伯父であった。
「まだ早いから、戻ってこい」って言っている。けれども考えられない私は、「戻ってこい」って言う言葉が理解できなかった。しかし、なんども呼びかけるその声に身体だけは反応できて、ふりむくと、目の前にはごく小さな穴が現れていた。ちょうど使い込んだ傘にできた小さな穴からさす光のように。
戻ろう、と穴のほうへ歩き出したとき私は昏睡状態から目覚めた。そして、こうやってタクシー運転手できてるわけ。
表参道から、新宿三丁目までのタクシーの中で聞いた話。
考えられないっていうことを知っている自分がいて、言葉を理解できないって言う自分がいる一方で、言葉を理解してこうして私に語ることができる存在である自分。あたまでなくて、身体が動く方向へ向かって生きかえったっていう不思議臨死体験。
最後は、身体が動くほうへいけばいいのかなあって。人は何か大きな選択をするとき、それには決断とか、心が動くほうとかいろいろな表現が使われるけれど、身体が反応するほうへいく。それが一番確かなのかなって、タクシーの中で、なんか先代から受け継がれる叡智を教えてもらった気がして嬉しかった。